晴々 haruharu

今年の目標は「できる限り、健康になる」

おぼこい美術部員と傷付いたギャルのひと夏の戦い、あるいは「種族?を超えた友情の物語」だと一方的に思っている話

突然ですが、あなたはギャルですか?

テレビに出てくるような突き抜けたギャルの方は、テレビで見ているだけの距離感ならとても楽しいのですが……
学生時代のトラウマで、どうにも日常生活でギャルっぽい人に出会うと、容姿を揶揄されるのではないかと、今でも身を硬くしてしまいます。
すれ違うギャルの方に、わたしの姿なんて見えてすらいないかもしれないのにね。笑



わたしは幼少期から呼吸器の持病があり、ちょうど中学生になった頃から、認可されたばかりの新薬を使い始めました。
持病の症状は劇的に改善しましたが、その薬には、「脂質代謝異常」という副作用がありました。
女子中学生は元々太りやすいですが、割と痩せていたわたしが、まさか1年間で20kgも太るとは。わたし自身、全く思っていませんでした。

中学生なんて、箸が転がるだけで大爆笑できる時期。
もともと体調不良で休みがちだったわたしが、登校するたび増量していくのが、「ギャル」にとってはめちゃくちゃ面白かったのだろうと、今なら思えます。
でも、「ただそこにいるだけで、一方的に容姿を揶揄される」という経験は、中学2年生の心には、なかなかの重みがありました。


そもそもわたしが通っていた中学は、付近の小学校3校の生徒が集まる規模で、ギャルはわたしが通っていたところとは別の小学校から来ていた子でした。
幸いにも、ギャルとはクラスが異なり、わたし自身も不登校気味でしたが、ギャルも気まぐれに登校したりしなかったりしていたようで、毎日毎日揶揄され続けていたわけではなかったものの、わたしは「いつどこでギャルに遭遇し揶揄されるか」と、日々恐怖に怯えていました。

「こんなやつらは相手にしない」と心に誓い無視を決め込んでも、耳は勝手に声を拾ってしまうし、涙が勝手に出てきてしまう。

涙ぐむわたしを指差し、ギャルは「肉汁出ちゃうじゃん」と言って、腹を抱えて笑いました。今思えば面白い表現なのですが、当時のわたしには、これがとてもつらかった……。



当時のわたしの居場所は美術室でした。
小学生の頃から、教室でイラストを描いてばかりいたわたしの手元を覗き込んで、「上手いね」と声をかけてくれた子とは仲良くなれましたが、中学になると、教室で絵を描いているだけで、「オタク、キモイ」といじめの対象になるような状況だったので、教室で絵を描くことはできなくなったのです。

そんな、「安心して絵を描ける居場所」を脅かす、ある事件が起こりました。

ギャルが美術部にやってきた!


それは初夏のことでした。

どういう経緯でそうなったのかはよくわからないのですが、おそらくは、ギャルのクラスの担任が美術部の顧問だったことや、通っていた中学が部活への加入を強制していたことが理由ではないかと思います。
それまで、どこの部活にも所属せずにいたらしきギャルを、顧問が突如美術部に連れてきたのです。

不本意なかたちで美術室にやってきたギャルが黙っているわけありません。なのに何故か帰らない!
内申点とか全然怖くなさそうだし、帰っちゃえばいいのに」と思うわたしをよそに、ギャルは椅子の上であぐらをかき、派手な色のパンツを見せつけ?ながら、美術室に居座り続けました。


一方、わたしを含む美術部員は、ドレスコードかな?と思うくらいの脅威のメガネ着用率を誇り、ポニーテール5割、おかっぱ3割、三つ編み2割の構成で、銀魂シャーマンキングD.Gray-manテニスの王子様NARUTOヒカルの碁、 Mr.フルスイングなどなどの話をされない限りは、いたって真面目なおぼこい女子ばかりでした。
当初は美術室のすみっこに固まり、ギャルに怯えてメガネを震わせていた美術部員たちも、途中で自分たちの方が数が多いことに気付き、「いざとなったらみんなで戦おう」と誓い合って、あまり意識しないように、普段通りに過ごそうとしました。

ところが、ギャルはオタクがイキイキしているのが面白くありません。
ギャルは美術部員たちの描く絵に対して、「袖のシワおかしいし、このポーズどうやんの?」と、いちいち重箱の隅をつつくような細かい指摘をしてきました。

数だけは多い美術部員、ここで反撃に出ます。
「じゃあアンタが描いてみなよ!」と、ギャルに紙とペンを渡したのです。

化粧品を広げて鏡を見てばかりいたギャルが、なぜか素直に紙とペンを受け取り、「何描きゃいいの?」と言うと、どこからともなく「せっかく鏡があるんだし、見ながら自画像描いてみなよ」と言う声がしました。
鏡を眺めてしばらく唸ったあと、ギャルはペンのキャップを外し、紙に走らせ始めました。

ギャルの絵、めっちゃ下手でした。


ギャルを取り囲み、腕を組んで様子を眺めていた美術部員たちは、その体勢のまま、密かにメガネを震わせました。
今度は怯えてはいません。
笑いをこらえていたのです。

絵って、見た感じは誰にでも描けそうに見えたり、他人が描いた絵のおかしな点に気付くことはできるのですが、自分で描いてみると、自分の絵のおかしさに自分で気付くのは、意外と難しいんです。

不意にギャルが顔を上げ、「なんだよ!笑うんじゃねえ!」と叫びましたが、逆効果。堰を切ったように、美術部員たちは皆大声で笑い出し、ギャルは紙の上に突っ伏して、「うるせえ!てめえら全員消えろ!」とワーワー騒ぎながら絵を隠しました。

この一件で、「お互い、ここにいるしかないんだから、暴言吐いたり、ちょっかい出したりは禁止!」と、美術部員とギャルは不可侵条約を締結し、付かず離れずの距離を保つことになりました。



夏休みになっても、ギャルは美術室にやってきました。

夏休み期間中、顧問が来るのは鍵を開け閉めする朝夕のみだったので、ギャルはドンキの袋を引っ提げて、美術室に大量のお菓子を持ち込み、美術部員たちは思い思いの漫画を大量に持ち込んでいたため、いつのまにか、お互いに持ち寄った「資源」を共有しあうようになり、美術室は一気にマンガ喫茶と化しました。
美術室が散らかっていくにつれ、ギャルと美術部員の距離も、少しずつ近付いていきました。

ギャルがWings*1ディアプラス*2、ビーボーイ*3などの漫画に強く反応を示したことが、美術部員たちにはとても意外でしたが、ギャルがなぜ夏休み中も足繁く美術室に通ってくるのかは、少しずつわかっていきました。


ギャルのお母さんが再婚し、義理のお父さんができたこと。その男性がろくに働かず、日中も自宅でゴロゴロしていること。この男性を招き入れたのは他でもないお母さんのはずなのに、お母さんから、この男性に対する愚痴を延々と聞かされること。そして、この男性から、性的ないたずらを受けたこと……

ギャルにとっての「自宅」は、彼女が安心して過ごせる場所ではなくなってしまったこと……
しばらくは、親しい友人たちの家を転々としていたけれど、あまりにも頻繁に通いすぎ、友人や、その家族たちが、ギャルに対して冷ややかな態度を取るようになったこと……


「じゃあ、今、夜はどうしてるの?」と尋ねると、ギャルは「ピンキー」のケースを揺すり、手のひらの上に一粒取り出すと、口に放り込みながら、「彼氏っぽい人」と称する年上の男性のところに行くと言います。

「『っぽい』って何だろう?」とは思ったものの、イラストにかける情熱以外はとにかくおぼこい美術部員たちには、そのあたりの事情がよくわかりませんでした。


それでも、「ギャルはギャルなりに悩み、葛藤していたのだ」と気付き、せめて美術室での日々が癒しになればと、わたしは夏休み期間中、紙コップと、2リットルの烏龍茶、1.5リットルのファンタグレープを1本ずつ持って登校するようになりました。
3.5リットルの水分を担いで歩くのはめちゃくちゃつらかったですが、当時のわたしは、何かせずにはいられませんでした。

ぬるいファンタグレープを開けるのに失敗して、噴き出した液体を見てギャーギャー騒ぐたびに、わたしたちは見た目こそ違えど、確かに「仲間」だと感じられました。


ギャルからイラストに対する細かい指摘を受けた美術部員たちは、ギャルをギャフンと言わせる絵を描こうと、手癖や想像ではなく、自分達で交代してポーズを取りあい、それを見てデッサンしあうようになっていました。
メキメキ画力を上げる美術部員たちに対して、当初は文句ばかりだったギャルも、「イイじゃん!プロみたいじゃん!」と作品を褒めてくれるようになったのです。



ところが……

ある日を境に、ギャルは学校に来なくなりました。



もともと毎日学校に来ていたわけではないギャル。
美術部員たちが「今日も来ないね」と言い合っているうちに、季節は秋になり、冬になりました。
ギャルの身に何が起きたのかを全く知らない美術部員たちは、ギャルのことなどすっかり忘れ、散らかっていた美術室も元通りに片付き、相変わらずBLに悶え、絵を描きまくる日々を過ごしていました。

ずいぶん後になって知ったのですが、このときギャルは、義理のお父さんか、「彼氏っぽい人」か、はたまた全く違う別の人かはよくわからないですが、「男性」を刃物でケガさせてしまったらしいと、噂で聞きました。
この噂が事実かどうかは今もわかりませんが、もし事実なのであれば、何か事情があったのではないかと思っています。

真相を聞いてみたくても、ギャルは中学の卒業式にも、成人式にも、同窓会にも来ませんでした。



彼女がどこで何をしているのか、わたしは知りません。
なぜか、「彼女はもうこの世界に生きていないのではないか」と感じてしまう時もあります。

元気だったらいいな。
元気でなくても、どこかで生きていてくれたらいいな。

*1:新書館発行の漫画雑誌。いわゆるボーイズラブ系。現在も販売されている

*2:新書館発行の漫画雑誌。いわゆるボーイズラブ系。現在も販売されている

*3:リブレ出版発行の漫画雑誌。いわゆるボーイズラブ系。現在も販売されている