晴々 haruharu

今年の目標は「できる限り、健康になる」

2022年9月24日放送のドラえもん「あんしん!ジャイアン保険」に対する、現役保険屋さんのツッコミ

以前たまたまドラえもんを観ていた際、次回予告で「あんしん!ジャイアン保険」というタイトルを目撃しました。
なんだ!?面白そう!と録画して観てみたものの、これ、保険屋さん的にツッコミどころの多い内容でした。笑

ジャイアン保険」は損害保険


このストーリーのあらすじは、こんな感じ。


ある日ののび太は、1日10円ずつ貯金して、新しい漫画雑誌を購入します。
ところが、ジャイアンに乱暴され、買ったばかりの漫画雑誌を強奪されてしまうのです。
ボロボロになって帰宅したのび太は、明らかにドラえもんのものであるはずのどら焼きを盗み食いしてしまいます。

すると、ドラえもんは、ひみつ道具の「なんでも保険屋さん」を呼び、どら焼きを盗まれたことを申告。保険金として、元のどら焼きより多くのどら焼きを手に入れました。

未来の保険は、お金ではなく現物支払いも可能で、どのようなものでも保険の対象にできるとのこと。
ドラえもんは、毎日ひと口分のどら焼きを保険料として支出することで、万が一どら焼きが食べられなくなった際に保障される、「どら焼き保険」に加入していたのです。

そんなドラえもんの姿を見たのび太は、ジャイアンに殴られたら保険金がもらえる、「ジャイアン保険」をかけるのですが……



そもそも、保険金を受け取れるようなトラブルが発生してしまうこと「保険事故」といいます。
ドラえもんのび太にどら焼きを窃盗された出来事」を保険事故とするのであれば、これは人の生命や身体にかけられた保険ではないので、生命保険ではなく、損害保険になりますね。

損害保険とは、「偶発」「突発」「外来」の事故や災害による、車や建物、家財、設備、他人や自らの身体などへのダメージを補償するものです。

ドラえもんがかけていた「どら焼き保険」を見たのび太は、「ジャイアンに殴られたら50円」「ジャイアンに蹴られたら何円」と、みずからの身体を保険の対象物=被保険利益として、ジャイアン保険」をかけました。


保険成立後、ジャイアンに強奪された漫画雑誌を取り返そうと、わざとケンカを仕掛け、殴られるのび太
いつもジャイアンにやられてばかりいるのび太は、ジャイアン保険をジャイアンに殴られたら儲かる仕組み」だと思い込みます
ここがわたしはちょっと嫌だった。


当初はいつも通りジャイアンが殴ってきて、50円を受け取れたものの、ジャイアンの気分が良い日や、体調が悪い日などには、ジャイアンが殴ってこないため、のび太は保険金を受け取れません。
どうしても保険金を得たいのび太は、しずかちゃんが受けた被害をみずからの被害と偽って申告したり、保険契約前の被害を申告して、保険金詐欺を企てますが、ことごとく「なんでも保険屋さん」に見破られ失敗。

そこでのび太は、ジャイアンにわざと殴られようとケンカをしかけたり、「殴ってくれ!」と懇願するようになってしまうのです。
ここもすごく嫌だった。


結局、ジャイアンが思うように殴ってこないのび太は、ジャイアン保険の保険料を払い続けることができず、契約を解約するのですが、その直後、のび太にケンカを売られたジャイアンがやってきて、殴られてしまいます。
しかし、のび太は既に保険を解約してしまっているので、何の保障もなく……というオチでした。


保険金詐欺は通用しないよ!ということなのか、無駄かもと思っても保険は続けようねということなのか……


しかしながら、このような出来事は、本物の保険にも起きることで、保険金を不正に受け取ろうとする人の存在のことを、保険用語では「モラルリスク」と呼びます。

実は、保険金詐欺とまではいかなくとも、「保険に入ったから、何があっても安心」と、今回ののび太のように、わざと危険な行動に出てしまう人は、現実にも割といるのです……
自動車保険に入ったからといって、危険な運転をしていいというわけではありませんし、医療保険に入ったからといって、症状があるのに病院に行かずに放置して悪化させてもいいわけではありません。

今回の、「保険事故を起こせば儲けられる、保険金を受け取れなければ損になる」と考えるのび太の描写は、大人は違和感に気付けそうなものですが、保険制度をまったく知らない子どもにとっては誤解しか産まないなぁと、ちょっとガッカリしてしまったのです。

そもそも、「保険」とは


保険制度は、みんなで少しずつお金を出しあい、大きな共有の準備財産を作ることで、そのうちの誰かに被害が起きた際に、みんなでその人を助ける、相互扶助そうごふじょ
のしくみ。

みんなはひとりのために。
ひとりはみんなのために。
それが「保険」なんです。

そして、保険契約とは、保険会社が「保険事故が発生した場合に保険金を支払うこと」を約束し、その対価として、保険契約者が「保険料を支払うこと」を約束する契約のことをいいます。


小さなお金で大きな保障が受けられるという、保険制度にしかない利点を悪用して儲けようとする人間は、みずからすすんで率先的に保険に入ろうとします。
でも、それって、そうでない大多数の人には、迷惑極まりないことですよね。

保険制度が、すべての契約者に公平な仕組みであるために、保険屋さんには、保険契約をしたいと考えている人に、悪い意図がないかどうかを吟味して、保険契約を引き受けなければならない義務があるのです。


今回のエピソードに出てきたひみつ道具の「なんでも保険屋さん」には、そうした義務のことである、「アンダーライティング*1」の視点が、一切欠けているように感じました。
なぜなら、そもそものび太の行動が、保険用語で逆選択と呼ばれるものだからです。

逆選択とは、契約者が、保険事故の発生する確率が高いことを知りながら、保険を契約しようとすること
たとえば、健康に不安がある人や、危険な職業に就いている人ほど保険に加入したがる傾向がありますが……
そのような契約者を増やしてしまうことは、保険制度に対する公平さを損ない、保険会社にとっても、すべての契約者にとっても、あまり好ましい状態とは言えませんよね。

そして、のび太が、受けなくていい暴力をわざと受けようとすることになったのは、ジャイアン保険」があったからにほかなりません。
「なんでも保険屋さん」には、保険の引受前に、のび太ジャイアンにどれだけの被害を受けているかを見極め、のび太が保険を悪用しようとしていないかをきちんと見極める必要がありました。


せめてのび太が、無理な保険料をかけることなく、また、保険金で儲けようと考えずに、ジャイアン保険に入ってくれていたら……
のび太のお役に立てる機会はきっとあっただろうに、とわたしは思ってしまうのです。

あと、「なんでも保険屋さん」がチャリで来るのもちょっと笑った。
未来の道具なんだよね!?笑

*1:保険の契約時、契約者や被保険者の道徳的な節度の欠如などによる危険を見抜き、よろしくない契約を排除すること